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離島総合医 白石 吉彦 白石 裕子

離島医はおもしろい!

私が隠岐島で離島医療に携わるようになって既に19年目に入りました。ほとんどのみなさんは離島医療といっても具体的なイメージ湧きませんよね。離島の医者の生活、仕事、離島だからこそ見える日本の将来、少しだけ離島のおもしろさなども書きつづってみます。

離島といっても日常生活は普通

「なぜ離島医療を?」と聞かれることもあるのですが、もともと離島医療を志していたわけではないんです。正直にいうと、「気がついたら、ここにいた」という感じ。私の人生の設計に離島に住むことも、船を持つことも、全く想定にありませんでした。大きな志とかってないです(笑)。

自治医科大学を卒業して、私の出身地の徳島県で、同窓生だった妻と2人で勤務後、今度は妻の出身地である島根県で義務を果たすためにやってきたのが1998年。

私の運命を決めたのは、島根県の人事担当の「島根は海も山もあるよ、どっちがいい?」という軽い質問でした。徳島では山間へき地の診療所に勤務したので、ほんの軽い気持ちで、海かなあ、面白そうだしと思って「海でお願いします!」と答えたのが決定打。そして「つらいけど1年がんばってくれ」と言われて送り出されたのでした。

その当時生後8カ月になる長男と妻と3人で隠岐島に渡りました。正確には、隠岐諸島の西ノ島です。妻は学生時代に隠岐島に実習に来たことがあったようです。

共働きを想定していましたから、「保育園あるかな?」「スーパーはあるかな?」、はたまた「電気はきてるのかな?」「水道は?」というように頭の中は「???」という感じでした。しけで冬はフェリーが欠航する、と聞いても瀬戸内海のフェリーしか知らない私は、「そんなわけないでしょ」と信じていませんでした。

まあ、でも、私が来た当時でも人口が3,800人の島ですから、多少の不便はあっても日常生活は至って普通です。スーパーもあるし、保育所もあるし、病児病後児保育だってありますよ。ちなみに、へき地では人口2,000人を切ると、パン屋さんがなくなるような気がします。なので、パン屋さんもこの島には2軒あります。パチンコ屋だってあります。

長男が発熱、しかしカルテは山積み

そんな島で働き始めて約2週間のころ、私が外来中に長男の通う保育園から電話がありました。「お子さんが熱を出したので、迎えに来てください...」。「えーー」。外来はまだカルテが山積み。妻は同じ島の診療所勤務で、同じ状況だろうから頼めないし。頭の中が真っ白...。そこに、夜勤明けの看護師の女性が、「いいよ、私が迎えにいっといたげる」と言ってくれました。このときは、ほんとに白衣の天使に見えましたよ。

徳島では、妻が出産後に育児休暇をとって家で面倒を見ていました。長男は世間のウイルスに曝されていなかったのでしょう、「純粋培養」のせいか、それからもたびたび熱を出すのでした。共働き夫婦にとって保育園からの電話は恐怖です。そのたび病院のスタッフが世話を買って出てくれました。その後、徐々に、島のおばちゃんたちにサポーターをお願いするようになり、最終的には5~6チームのおばちゃんたちにお世話になりました。その長男もすくすくと育ち、19歳になっています。都市部ではこんなつながりありえませんよね。島ならではの、この一体感、家族感が、島に長居することになる最初のきっかけだったかもしれません...。

ちょっとだけ島の魅力もお伝えしておきます。島では当然、魚介類が豊富です。ただし取れる時には同じものが大量に取れるんです。ある朝、仕事に行こうとしたら、玄関にトロ箱いっぱいのアゴ(トビウオのこと)が持ち込まれました。旬のアゴはとてもおいしいです。しかしアゴは足が早いので早く処理をしなければなりません。このときは出勤前だったので、やむをえずそのまま病院の厨房に持っていって、調理をしてもらいました。以後ことあるごとに、「海や山で取れたものはありがたくいただきます。でも共働きなので、現物支給だと調理する時間がないんです。できれば皿に乗せれば食べられる状態でいただければ、喜んでいただきます」とお願いしています(笑)。


島根県の北約50kmにある隠岐諸島(おきしょとう)は、島前(どうぜん)と島後(どうご)に分かれ、私の住んでいる西ノ島は島前になります。島前にはその他に、中ノ島、知夫里島があります。それぞれの島に国保診療所があり、西ノ島には私が勤める隠岐島前病院があります。妻は、西ノ島の診療所長をしています。

白石 吉彦(しらいし よしひこ)

離島総合医。1992年に自治医科大学卒業後、徳島で研修、山間地のへき地医療を経験。1998年に島根県の隠岐諸島にある島前診療所(現隠岐島前病院)に赴任。2001年に同院院長。周囲のサテライトの診療所を含めて総合医の複数制、本土の医療機関との連携をとりながら、人口6000人の隠岐島前地区の医療を支えている。2014年に第2回日本医師会赤ひげ大賞受賞。著書に『離島発いますぐ使える!外来診療小ワザ離れワザ』(中山書店、2014)、THE整形内科(南山堂、2016.5、編集幹事)。

白石 裕子(しらいし ゆうこ)

離島総合医。1994年に自治医科大学卒業。徳島県立中央病院、徳島大学病院小児科、徳島県立三好病院、西祖谷診療所勤務。1997年に1子出産。1998年に島根県隠岐諸島・西ノ島の島前診療所に赴任、西ノ島町立浦郷診療所長兼務。2001年に第2子出産。2003年に島根県立中央病院にて後期ローテート研修。2004年に隠岐島前病院に再度赴任、浦郷診療所長を兼務、第3子出産。知夫診療所へ週1回派遣。2006年に第4子出産。2010年に隠岐島前病院小児科長、西ノ島町内の学校医、園医、乳児〜就学時、5歳児健診、予防接種等小児科業務と総合内科、診療所業務、病院業務等行う。2015年に自治医科大学地域医療学教室学外講師地域担当。2015年に第2回やぶ医者大賞受賞(兵庫県養父市)。

Medical Tribune Web記事より転載
MedicalTribune/1968年にわが国で唯一の週刊医学新聞として創刊されました。各種医学会取材による最新医学情報をはじめ、専門家へのインタビュー記事、解説記事など、研究や日常診療に役立つ情報を提供しているジャーナル。Web会員医師10万7千名。